【開催レポート】R4 高校生が作った新しい別府観光「高校生によるインバウンド向け観光ツアー企画」

雨降りの朝。真っ白な霧の中、バスは26人の高校生と7人の留学生を乗せて別府駅を出発した。
向かう先は山の上にある、立命館アジア太平洋大学(APU)。今日は大分県の高校生が、ひと夏をかけて企画した別府の観光プランを発表するコンテストの日だ。

大分市、宇佐市、国東市、日出町、玖珠町。
県内の6校から集まった高校生たちが参加しているのは、「大分県の商業系高校生による、海外からの観光客(インバウンド)向け観光ツアー企画」。
高校生たちは8月の頭、6チームに分かれて別府市の観光地を回り(フィールドワーク)、それから1カ月の夏休みを使って観光プランを考えた。高校生と一緒に企画を考えるのは留学生の面々。県内企業からメンターを迎え、「大人」目線のアドバイスもする。

別府は100年も前から観光地として栄えた温泉地。
高校生たちがフィールドワークとしてめぐったのは、公営温泉と繁華街が続く別府駅周辺エリア、湯けむりが立ちのぼる温泉街・鉄輪エリア、100度の源泉が湧く「地獄」エリアの3つのコースだ。
別府という観光地は、大分の各地から集まった高校生たちの目にはどう映ったのだろうか。
高校生は、留学生と何を話し、海外からの観光客に向けてどんなプランを作ったのだろうか。
ひと夏のチームでのプロジェクトを通じて、何を考え、何を受け取ったのだろうか。

△140年続く竹瓦温泉も別府のシンボル

高校生の目から見た別府・鉄輪

「フィールドワークでは、鉄輪の山側にある海地獄から、みゆき坂、いでゆ坂を下り、町の商店で買い物をしたり、地獄蒸しを見たりお菓子を食べたりしました」
そう話すのは、「チーム・チャチャ」のメンバー。「チャチャ」の由来は、チームに入ったインドネシア人留学生ケイシャ・フダさんの愛称だ。
「僕たちは普段鉄輪に来ないので、新鮮な経験だった。いでゆ坂、みゆき坂に屋台が並ぶ様子は、すごく日本っぽいなと思った」というのは近藤凌聖君(日出総合高校)。

△チームチャチャは写真を見せてくれた

メンバーは鉄輪の街歩きを楽しんだが、その途中、「お店の前で、メニューを見ていたけど日本語が分からなくて食べものを買えない外国の人を見かけた」という。
「それを見て気づいたのは、お店の商品に外国語の表記がないということ。券売機があったらいいのにとか、外国語メニューがあればいいのにとか考えた」
そこでチーム・チャチャは、課題解決型プランを考えはじめた。英語表記メニューを準備する、文字を大きくする、タブレット注文をできるようにするなどといったことだ。

△鉄輪では職も街歩きも楽しんだ

「だけど私たちが考えたのはそれだけではない」
「鉄輪を回る中で、私たち自身が『日本らしいところをもっと知りたい』と思うようになった。だから次は、近くの湯布院などの地域も回って、同じように観光プランを考えてみたいと思ったんです」
「だけど別府や湯布院は広い。1日のうちにどこまで行けるか、回り方も分からない」

チーム・チャチャはコンテストで、「観光客ごとにルートをカスタマイズするツアー」を提案した。オンラインのフォームに宿泊するホテルや行ってみたい観光スポットを入力すると、その観光全体にかかる所要時間や交通手段、料金が把握できるというものだ。
「どのくらいの時間や料金がかかるかだけでなく、各スポットの特徴やイベントの内容、おすすめルートなども掲載して、観光地に興味を持ってもらいます」
チームが提案したスポットは別府、鉄輪、地獄にとどまらず、大分や湯布院、亀川や城島高原など幅広い。
「外国人の目線で見ようとするようになったこともあるけど、今回得たのは『他の地域をもっと知りたいと思うようになったこと』です」と、メンバーは声を合わせる。

△チーム・チャチャの面々

高校生が北浜を歩いて考えた「観光」

フィールドワークで別府駅・北浜エリアを回ったチームのひとつは「北浜探検隊」。
別府駅前から始まり、4人は北浜の路地裏の飲食店、歴史ある竹瓦温泉まで、「別府の一休さん」こと花田潤也さんの案内で散策した。

△案内は油屋熊八像前からスタートする

「普段あまり別府に来ることはないのだけど、説明を受けながら、北浜のいいお店や温泉を知ることができた」と話すのは大分商業高校の下薗唯花さん。
「小さい折り紙雑貨を置くお店とか、かき氷屋さんとか、北浜には素敵なお店がたくさんあった」
「有名な温泉だけじゃなくて、街歩きも観光なのだと知りました。大きな発見でした。ガイドしてもらわないと分からない穴場のお店にも興味が湧きました」
北浜探検隊の4人は韓国出身のパク・ジュンボムさんと一緒に、町の「食べ歩きスタンプラリー」を企画。言語の壁にも配慮した、景品つきのスタンプラリーを提案した。

△フィールドワークの日は猛暑、かき氷屋で4人の幸せなひととき

準備の過程で、商店やエリアの見せ方、人に見てもらえるウェブサイトの作り方などをウェブデザイナーにインタビューした4人。「見やすさや使いやすさを考える機会になった」という。
「話を聞きながら、これは別府の北浜だけのことじゃないなとも思いました」そう話すのは、宇佐産業高校の佐矢葵さん。
「宇佐にもいいお店はある。チェーン店も多いけど個人商店もある。でも、それを私自身もあまり知らないし、外国人向けにもあまりアピールしていないのではと思いました」
「宇佐でも、地域の人たちと一緒にお店を紹介する企画をやってみたいと思うようになりました」
街歩きという、地域の人にとっての日常を観光コンテンツにするのは、「観光の再定義」でもある。4人の手で「広くなった観光」は、別府の外にも持ち帰られるかもしれない。

△プレゼンする北浜探検隊

地獄めぐりを通じて意識したこと

グランプリを取った企画は、「地獄めぐらせ隊」の、AR(拡張現実)技術を使って地獄を案内するアプリだ。
フィールドワークで海地獄・かまど地獄・鬼山地獄の3つの地獄を巡った「地獄めぐらせ隊」のメンバーは、スマホを地獄の各ポイントにかざして、地獄の情報を伝え、同時に様々な関連コンテンツを提供して観光客に楽しんでもらうアプリを提案した。

△地獄めぐりは海地獄からスタート

「今回の企画のはじまりは、私たちが地獄の近くで出会ったイタリア⼈観光客が、『そもそも地獄めぐりを知らない』『何ができるかわからない』と言っていたことでした」と振り返るのは日出総合高校の山田小春さん。
「それで、みんなと議論しながらARを活用したアプリを提案しました。その中で、『情報不足の解消』『いろんな視点で見て伝える』ということは、観光だけじゃなくて、農業の分野でも必要になるのじゃないかな?と思った」
「私は農業をやっているのですが、農業でも、共有されている情報が少ない。日本人、外国の人、身体が不自由な人など、いろいろな立場の人に役立つ情報は必要です」

△動画を使ったプレゼンは盛り上がった

新しさがあり、課題解決にもなって、遊び心もある。「地獄めぐらせ隊」のアプリは「ぜひ使ってみたい」と会場で好評だった。
「充実した議論ができたのは、お互いが否定をしないで意見を言える関係を作れたから」玖珠美山高校の原菜々子さんも振り返る。「地獄めぐらせ隊」の4人はみな別高校出身だ。
「今までは他校の人たちとの交流もなく、地域の中の閉じた空間にいたから、大分の中でこんなに多彩な能力を持った同世代がいるんだと分かって嬉しかった」

このチームのメンターを務めた内藤和典さんも、「こうして高校生が、留学生や大人たちと年代も国籍も問わない議論ができる場、面白い視点を得られる場は、別府にとどまらず広がればいいと思う」という。「湯布院でもいいし、大分を出てもいい」

△最優秀賞受賞を喜ぶ

生徒たちの中に生まれたもの

今回の企画を通じて自分の地域を意識したり、自分の興味ある分野に気づいたりした高校生はほかのチームにもいる。
「フィールドワークの後、自分の住んでいる地域の課題も見えてきた」と語るのは、チーム・プリンの堀沙帆さん(国東高校)。
「私の住む杵築も古い城下町で、外国の人も来てくれます」
「でもお店には英語表記が少ない。杵築、国東エリアでも同じように、外国の人が来てくれたときにどうやって楽しんでもらうかを考えたいと思うようになりました」

△みんなでプリンを食べたから、チームの名前はチーム・プリン

「私はこれからもっと英語を勉強したいと思うようになりました」というのはチーム・マグネットに入った久保川ひなたさん(大分商業高校)。
「今回はじめて留学生と話して、いろいろなことに目が向くようになった。積極的に外国の方たちの意見を聞いてみたいと思いました。もともと観光業界に興味があったのですが、その興味も強くなりました」

△準備するチーム・マグネット

「将来、企画の仕事をしてみたいと思うようになった」というのは、チーム・カリーの園田瑠衣さん(大分商業高校)。
「チームみんなで話し合ってプランを考えたときに、自分だけでは出ない意見が出てきて、企画を考えることをすごく楽しいと思ったんです」
「今までも観光業には携わりたいと思っていたのだけど、チームでプレゼン資料を作りながら、案内をする仕事だけじゃなくて、いつか企画の仕事もしてみたいという気持ちが芽生えてきました」

△チーム・カリーは衣装をそろえてプレゼンした

すべては「日本を楽しむ」に

ひと夏の企画を通じて何かを受け取ったのは高校生たちだけではない。
「この企画を通じて、私たちも高校生たちから学びました」というのは中国出身の留学生リン・コウシンさん。
「今までの留学生活は、『日本でどう生活するか』ばかり考えていた。それが今回、旅行者の視点で企画を考えることで、『どう日本を楽しむか』も考えられるようになった」

コンテストを終えてAPUから別府駅へ、山を下るバスの中。雨はすっかりやみ、高校生と留学生たちはこれからの自分のこと、「日本を楽しむ」ことを、興奮冷めやらぬ様子で語っている。

△次は高校生が楽しみ方を伝える番

文責:弁護士/作家 原口侑子